自分の存在を認めることができる、究極の方法。【自己肯定感】

今日は、いつもの話題とは少し違うことを書く。

自分を認める、ということについてだ。

自己啓発本なんかで自己肯定感がうんちゃらとか書かれて久しいが、私はこういうことがトレンドになる前からずっと、自己受容ができなくて悩んできた。

しかし、ついにとてもシンプルな方法で解決することができたので、その方法を共有したい。

以前の僕のように、自分に価値がないと思ってしまったり、努力したいけど失敗が怖くてできない人に、少しでも届くとうれしい。

では始めよう。

Contents

結論

自分を認めることのできる唯一の方法、それは、

  1. 「今日から私は、自分の存在そのものを肯定し、認めて生きる」と決める
  2. そして、自分の生活の全意思決定を、「自分には価値がある」という前提に基づいて行う。
  3. さらに「それに伴って被る可能性のある、あらゆる不利益・デメリットを受け入れる」と誓う。

これだけだ。


説明

読んでもらえば分かるように、実は、自分を認めるための唯一の方法は、方法(how)ではない。

今まで、自分の存在を肯定するために、色々本を読んだり検索したりして、やり方を模索してきただろう。

それこそが落とし穴だ。

自分を認める、というのは結果でありプロセスではない。


世の中には、練習して少しずつできるようになっていくような分野のものもあるが、これは違う。

先に自分を認めている、という状態でしか成立しない状況を作り出し、だから自分には価値があるんだ、という風に脳も適応していく。

つまり、順序が逆なのだ。


「何が起きてもラッキーと言おう」という心理学がある。

これは、いやなことが起こっても、「ラッキー」ということで、脳が無意識にラッキーと言える理由を探しだし、結果本当にラッキーだと思えるから前向きに生きられる、という優れたシステムだ。

今回教える自己受容はこれに近いものがある。



まず、①「自分には価値がある」と今日から勝手に決める。

誰がなんと言おうとおかまいなしだ。

ただ、ここが多くの人がつまづく所だと思うが、だいたいの人がそれが行動にでない。

相変わらず人の顔色を窺ったり、ビクビクして気を遣って生きていく。

なぜか。それを前提に生きていないからだ。行動にでないから、結局変われない。


②何をするにしても、まず、「自分に価値がある」と思っている人間として決める。

これが大切。

人間は1日に数万回の「意志決定」をこなしていると言われており、その決定をできるだけ自分の存在を認めているという事実をベースに行う。

決定は、生きている限り絶対に起こるので、その意味で自動的な習慣になる。

ただそれでも、今まで人生数十年間の負け犬根性が染みついていて、どうしてもそう生きられない人もいるだろう。

(少し厳しい言い方をしているが、僕は人に気を遣えるやさしい人間も必要だと思う。が、空気を読むのと自分を大切にするのは別の話だ。)


だから、③覚悟を決める。

「自分は価値がある人間だ」その前提で生きて、何かトラブル・不快なこと、色々起こるかもしれない。

でも、変化には犠牲がつきものだ。

どうしても人生を、自分を変えたいなら、それは受け入れないといけない。


以上3つを全て満たすことができれば、君も今日から「自己肯定感の高い」人間だ。(好きな言い方じゃないけど。)

しかし、1つだけ注意してほしいことがある。それを次の章で話そう。


注意点

自分の存在を受け入れられた!と思えた人の中には、努力をやめてしまう人がいる。

今まで自分には価値がないから、それをカバーをしようと思って努力してきたが、自分の存在そのものに価値があるなら、もう頑張る必要ないじゃん!という思考である。

こ れ は 断 じ て 違 う !

むしろ、自分の価値が受け入れられた人間は、頑張るのが楽しくなる。

失敗を怖がる必要がなくなったからだ。


いいか、努力する時に一番怖いことっていうのは、せっかく頑張ったのに結果が出なくて絶望することだ。

人はそれが怖いから、頑張らずに色々言い訳を作っては、逃げる。

でも、自分の存在を肯定できた人間にとっては、失敗なんざなんてことはない。

ゼロの自分にすら価値があるんだから、またそこに戻るだけだ。

そうして何度もチャレンジしていく内に、絶対に光明が見えてくる。

それが上手くいく人間とそうでない人間の違いだ。


そもそも。

「全は一。一は全」という言葉を知ってるか?

これは鋼の錬金術師で有名になった一節だが、元々は哲学で言われていた考え方だ。

「全は世界。一は自分。」これがこの謎かけの答えだった。(ネタバレごめん)

そして、この意味が分かるか?

世界は俺。俺は世界ってことだ。


世界=自分。これがなぜかっていうと、俺達は、自分だけのフィルターを通して世界が見えてる。

だから、同じ世界・情報・人を見ていると思っていても、実は全く違う人生を体験している。

「世界にはヤな奴とか騙してきそうな怖い人ばっかりだ」と思っている人は、その自分の意見が正しいと思いたくて、結果そんなニュースや人ばかりと接するはめになる。

逆に、「世界は良い人ばかりで、みんなが助け合って生きている」と信じてるヤツは、紆余曲折あっても、最終的には良い友人に囲まれる。

だから、自分の経験する”世界”ってのは、自分の考えそれそのものなんだ。

シャーマンキングでも言ってたな。「全ては想いひとつ」。


だとしたら、俺らがより良い人生を作っていくためにできることは、ただ一つ。

そう、自分をアップデートし続けることだ。

だから、努力は楽しい。

自分が変わり続ける限り、世界も全く違う面白さを見せてくれる。


翻って、自分に価値があるとやっと思えた人間が努力をやめる?くそくらえだ!

そんなやつは、頑張るのがいやで、サボりたくて、それを自分の自己肯定感のせいにしているにすぎない。

だから、このページにたどり着いた人はこう思ってほしい。

「やっと楽しくがんばれる!失敗しても自分には価値があるから、安心して努力しよう!そして、世界を変えよう!」


さいごに

俺も、自己肯定感が死ぬほど低い人間だった。

小学校から受験勉強をして、夜遅くまでやらされてもトップの人とは明らかに1つ劣っていた。

中・高の6年間は、成績が全て、のような風潮の中でずっと下位だった。

浪人しても志望校に入れず、ランクを落として大学に入り、

そんな自分になんとか価値を付けたくて英語をがんばった。


でも、今思えば、そんなことは大したことじゃなかった。

できない自分に価値がないと思い込み、閉じこもって可能性を閉ざす。

それこそが大問題だった。


今後は、自分に価値があるという前提のもと生き、そのせいで起こる不利益は全て受け入れる。

(本当は不利益があるとは思っていないが、やはり人間関係等で慣れない人が、周囲に出てくると思う。

それはそれでいい。気づけて、前に進めた証拠だ。)


ひとまず、怖いな、と思っていた「ハンドルネーム変更」を実行する。

今まで応援してくれた人には違和感を与えてしまい申し訳ないが、自分で考えた末の決定で、それでなんか変な感じになって見れなくなる・読めなくなる人が出てきても、それは受け入れる。

人生は、前に進むしかないんだ。

なんかアツい記事になってしまったが、参考になったらうれしい。

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